2017年10月4日

どうせフラペチーノ



その話の中で
エマさんはチエミさんと話している。
20世紀のアイドルの話と21世紀のサーカスの話を
延々と話している。
エマさんは最後まで具体的な相談を一切口にしないまま
かれこれ五時間、二人はカフェで話をしている。
近所の焼肉屋のカルビの話もしている。

エマさんはチエミさんと別れた帰り道、
お腹の中の子どもを堕ろすことを決めたようだ。
エマさんにとっては一大事で、
大きな岐路に立っているつもりでいるようだった。

しかし、実際のところ、
そこは大きな岐路でもなんでもなくて、
はっきり言ってただの一本道だということを
エマさんはまだ気づいていない。

エマさんの場合、
そこで子どもを産んでも産まなくても、
エマさんは今と変わらず、
三十年後もフラペチーノを口にする。

その三十年後のフラペチーノまでの道と、
さらにその先のアーモンドミルクラテまでの道と、
さらにその先の先の先にあるレモンスカッシュまでの道は、
どうせずっと一本道である。

その歩く道の、彩りが増しただけの話である。

だからこの話の中のエマさんの場合、
ここで子どもを産んでも産まなくても
たいした問題ではない。
なんの問題もない。